チェストナットバッド

特徴

チェストナットバッドは、学習能力が低下している人、同じ間違いを繰り返す人のためのエッセンスです。

 

セラピーの対象となる基本的症状

学習能力の低下。認識能力の衰え。

身体的症状

注意力散漫、学習不可能な状態、深い放心状態を伴う症状。また、そのような精神状態が原因で生じた身体的症状のすべて。

 

日常的に現れる症状

不注意。気が散る。

 

チェストナットバッド症候群の起源と病像

チェストナットバッドの素質は、強い集中力と物事に熱中する能力にあります。

チェストナットバッドがバランス良く伸ばされると、こうした素質が強く表れている人は自分が経験したことに意識的に深く取り組む習慣があり、経験したことから将来に役立つような展望を引き出すことができるような人物となるでしょう。このタイプの人たちにとって人生とは、精神的な視野を広げ人格的に成熟するための絶え間ない学びの場です。このような人生を送るには、娯楽や気晴らしによって自分を見失うことなく、自分にとって重要な事柄に常に意識を集中する姿勢が求められます。このタイプの人たちは個性的な天分、特別な能力に恵まれているため、ほかの人々が拠り所としている一般的価値には意味を見いだせないかもしれませんし、たとえ一般的価値が本人に大きな利益をもたらしたとしても、ほとんど関心がなく、我が道を真剣に歩み、自分に喜びをもたらすことだけに取り組み続けるでしょう。このタイプのひとは、守備範囲であれば学校時代にすでに抜きん出た知識をもっているかもしれません。専門以外の領域に関して比較的知識に乏しくても本人がそれを自覚さえすれば社会生活を営む上でほとんど問題にならないでしょう。

チェストバットバッドの素質がバランスを崩していくと、特定の領域に対する興味が失われていきます。その際、このタイプの人たちは現実世界に対して注意散漫になり、経験を踏み台にして成長できなくなるので、彼らは【困難汝を玉にする(失敗によって賢くなる)】ことなく同じ間違いや不快な状況を繰り返し味わうことになるでしょう。【人生の学校】を順調に卒業できないということは、一般的な学習能力の低下と類似の関係にあります。バランスを崩したチェストナットバッド・タイプは弱点や不快な気分を自ら招いているにもかかわらず、次は別のやり方で成功させようと決心し、過去の失敗から適切な結論を引き出して未来に役立てることができません。特定の情報という形。あるいは日常的な体験な体験という形で、不快なことに何度でも出くわしても、まったくそれに気づきません。結局のところ、自分の内から生じてくるメッセージをどうしても聞き取りたくないのです。こうして彼らは、充分な人格的成長を望めない状態で生きていくので、経験豊かな人物になれないばかりか、多くの点で子供っぽく頼りなげで、未成熟な人物にとどまるでしょう。チェストナットバッド症候群の有名な別のバリエーションには【社会性に欠ける大学教授】というのがあり、このタイプの人は自分の専門分野ではエキスパートであっても、単純な社会生活には疎く、ステレオタイプのとんでもない間違いを繰り返します。思考はすべて、複雑なテーマに占領され、平凡な日常生活のために施行を働かせる余地がないのでしょう。特別な領域で才能を持った生徒たちも似たような状態にあり、彼らは【趣味】の分野では天才的な閃きを発揮しますが、そのほかの点では、不始末な行動が目立ってしまうかもしれません。

チェストナットバッドの効果が発揮される領域

チェストナットバッドは精神を成熟させ、体験に意味を与えるためのエッセンスです。このエッセンスは、学校で教わる暗記物ばかりでなく、より一般的な意味で物事を学ぶ能力を高める効果があります。体験した内容に焦点を当てることで、生活がより豊かになり、精神が開かれ、記憶力が高まり、より広い領域に興味を持つことができるようになるでしょう。チェストナットバッドは学校で問題のある子供ばかりでなく、人生に対する態度が充分に成熟していない人、同じ問題と何度も格闘しなければならない人にも向いています。身体機関の障害、ビタミン不足、慢性の疲れは、チェストナットバッド症候群が原因で引き起こされることがありますが、その場合はもちろん、エッセンスのしようと同時に、症状にふさわしい別の治療を行って下さい。

 

心理療法のための覚え書き

チェストナットバッドの素質を持った人たちの学習能力が低下する主な原因は、彼らの自己中心的で主情的な精神構造にあります。このタイプのひとたちは根本的に自分の心が捉えたこと、独自の才能やその時々の気分にあったことしか興味を示しません。彼らは一般的で理論的な知識、個人的に関わりのない事実を、単調でつまらないという理由で完全に無視してしまいます。個人的の接点のないテーマに取り組むのは難しいと感じられるからです。従って、このタイプの学習能力の低下は、基本的には病的なものではなく、極端な人格的特徴が原因で生じるということができます。

そもそも学習という行為は主観的行為そのものだということができるでしょう。ある大切なことを記憶するとくことは、自分にとって大切でない他の情報、印象、認識が精神に流れ込んでくるのを完全にシャットアウトすることを意味しているからです。こうして他の情報を犠牲にしながら、意識は拡大していきます。理想的な【教材】には、自分にとって意味のある知識、感動できる内容が書かれていますが、これとは逆に退屈なのに詰め込まれ、暗記させられた意味のない死んだ知識というものがあって、そういった知識は、機械のような味気ない仕事や活動に向いているために、むしろ私たちを血や感情の通わない人生に向かわせる危険があります。

そう考えると、このタイプの人たちは原則的に正しい方法で学んでいることになります。彼らは自分が感動し、興味を持ったことだけを受け入れているからです。問題があるとすれば、一つのテーマに熱中するあまり、人生を成り立たせている残りの知識には注意が向かないという点です。その原因としては、あまりにも狭い精神的な環境で育ったために、平坦で偏った精神だけしか伸ばすことできなかったか、あるいは特定のテーマが不快な体験と結びついているということが考えられます。こうしたことは、子供によく起こります。教材はキライな先生や思い出したくない失敗によって近寄りがたいものになり、彼らは無意識のうちにそこから離れようとします。学ぶことに興味があり、知識がスムーズに自分のものになれば、学習は本来楽しい行為のはずです。気の進まない学習内容は、無意識のレベルではね除けられるのでそれでも学習する抵抗を押さえつけ、ひたすら【叩き込む】しかありません。

従って、チェストナットバッド症候群のセラピーにおいては、まず精神の拡大と一般的な注意力の向上が問題となります。また、ネガティブが体験を思い出すたびに不快な感情がよみがえり、記憶力をブロックしているような場合には楽しい体験、例えば成功した体験が否定的な思い出を消す効果を持っています。学校の授業についていけない子供たちは、もう一度楽しんで授業に参加して学べるよう、場合によっては教材や授業法の変更、先生や学校を変える必要があるかもしれません。仕事が順調にいってなかったり、同じ問題に繰り返しぶち当たっている人も、自分にとって興味の湧くようなことが他にないかどうか、あるいは現在の生活状況が本当に自分に合っているかどうかを問いただすべきでしょう。